以前、これまで指導碁を打っていただいた棋士の名前を並べたことがありました。ほとんどが関西棋院の棋士で、日本棋院は雑誌の企画での小川誠子六段と、もう一人が関西総本部の峯松正樹六段。
先日、関西総本部の先生にブログのコメントをいただいたのを機に峯松六段との碁を引っ張り出してきました。1999年9月、WING のオフ会で、三面打ちの4子局。
プロの石をこれだけ大量に捕獲するのも珍しかろうと、いつか披露する機会を虎視眈々と狙っていたのでした (^^)
186手め黒◆で白が投了。△が死石です。
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大阪のアマ強豪K井さんにすこし仕事の上での相談があって、鶴橋の碁会所まで出かけてきました。せっかくなので一局教えていただきました。
最近、すこし強くなったような気がしてて、もしかして2子ぐらいでいけるかも? しかし、ま、いちど3子できっちり勝っておいて、その次から2子にすればいいや、などと思っていたのですが。
詰碁を毎日してるわけでもないのに強くなってるわけなんてなかった...
右上、大いばりで先手で活きられたり...ホントにヨミがなってません。
つい先日、関西棋院第一位決定戦の決勝三番勝負に進出した中野泰宏九段について、指導碁を打っていただいたこともあり、応援していると書いたばかりですが、もう一人の決勝進出者、横田茂昭九段にも打っていただいているんですよね。
日付を記録しそこねてますが、3年前の夏休み、吉野で行われた関西棋院囲碁合宿ででした。
横田、中野両先生とも、娘が囲碁学園でお世話になったりしてまして、ますます「どっちも応援」モードにはまりこんでいきます。
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いったいお前は何人の先生に指導碁を打ってもらっているんだ、と言われそうなので、ちょっと思い出しながらリストアップしてみたところ、自分で数えて驚いた。なんと15人(関西棋院13人、日本棋院2人)も! 悠々自適のリタイアした人でもなかなかここまではいかないかもしれませんね。 東京・名古屋・大阪周辺とその他の地域のものすごい格差の問題など、いろいろ話もふくらみますので、また稿を改めて。
ということで、横田九段との4子局。
偉そうに3子とか4子とかで打ったりしていますが、プロの怖さは十分、承知。一流どころに本気で来られたら私の力では、5子じゃまず勝てないでしょう。6子で、こちらも必死の気合いで読んで読んでよみまくれば、あるいは勝負になるかも..と思います。そのへんの事情もまたいずれ別稿にて。
勝ったか、負けたか覚えてないし、記録もしてないんです。局後に125に対する126は、びしゃっとツケたほうがよく、それならはっきり黒がよかったと言われたような覚えはあります。それにしても128とは、いったい誰と打ってるつもりなんだか...(笑)
関西棋院第一位決定戦で見事決勝三番勝負進出を決めたばかりの中野泰宏九段。
自分で考え自分で道を切り開く、独特の空気を漂わせる真面目な好青年です。
2000年に WWGo のオフ会で3面打ちで教えていただいて(こういう棋譜が残っているのは自分にとって財産ですね!)から応援してますが、2001年〜2002年にかけて王座戦、十段戦、テレビ棋戦を中心に大活躍でした。なにせ、下した相手が、武宮正樹九段、小林覚九段、加藤正夫九段、林海峯九段(2回)、結城聡九段、大竹英雄九段、彦坂直人九段、石田章九段。
↓この棋譜の価値を高めるためにも、ぜひとも大ブレイクしてほしいなぁ。
碁についてちょっとコメントしておくと、作り碁になって黒勝ちだったと思います。ふふふ。打ってるときは、「これまでのヘボな打ち振りから、左辺の黒をあっさり処分されると思ってられなかったのかな」などと生意気なこと考えてました。黒96がシャレてて紛れにくい碁形になったような気がして。
木曜朝の記事を書いた時点ではHPがメンテナンス中だったので改めて紹介する。DIS で最初に打っていただいたのは石音の根本さん。実名で打つネット対局場はこれまでもあったが、石音はさらに徹底して写真登録を義務づけ(これは対局画面で表示される)、「オフラインでの知り合いが打つネット対局場」の位置づけを鮮明にしている。
実は、きっずファイブ社創設当初に書いた文書に
これまでのインターネット対局場は、いつもの知った仲間とワイワイ楽しむという側面がないがしろにされていたのではないでしょうか。
昨年末、「経済界」誌の「さわやか囲碁指南」というコーナーで小川誠子プロに指導碁を打っていただいた。ブログに出すタイミングを逸していたが、同コーナーの話題を最近見た(1,2)のでトラックバックで便乗させていただくことに...
ハイライトは4手目である。これ(前日、「囲碁梁山泊」誌で一夜漬けで仕入れた戦法...)を打ちたいがために3子でお願いした。先生も挑発に乗って(?)白9などというまさかの乱暴狼藉を...(^^;
敗因はもちろん置石の数が少なかったことである。黒88(右上の地を守った手)で黒89(中央の石を安定させるケイマ)を打っておけば多少はチャンスがあったのかもしれないが、白89からいじめられては私の棋力ではもう勝てないとしたもの。
ともかく貴重な体験をさせていただいた。ホテルオークラの囲碁サロンで対局するなど最初で最後かもしれないし。
編集部の許可を得ているので誌面画像もどうぞ。
プロが入段する前に対局して勝っておいて、後々に自慢するというのはアマの夢の一つだ。で、院生時代の村川大介クンと先で対局して3目勝ちを収めたことを私は一生自慢しつづける予定である(笑)。そのためにも棋聖名人本因坊・世界選手権者を是非とも目指してほしい。
対局は2001年9月29日。10歳の小学5年生ということになる。ちなみに入段は2002年の11月。
この碁が示しているのは私の強さなどではもちろんない。入段直前の1年間で村川クンが3子以上強くなったということなのである。プロの世界というのは恐ろしい。
...ん、よくみると左下の形が変? 次にC4にガチャンとやると..???
5年前、ポーランド代表選手のLUBOSさんと父娘ペア碁対局をしたことがある。
5月に名古屋で行われる世界アマ囲碁選手権の後、知人の案内で京都にも立ち寄られるようなので、再会して、送りそびれしまった棋譜を渡したい。